ここにしかない、自然に出逢いにいく
春夏秋冬、色とりどりの衣をまとう山。津々浦々、見事に装いを変える草花。日本は優美な風物にあふれている。 近代化が進む今でさえそうなのだから、自然がたくさん残っていた50年前、100年前は、さぞ美しかったのだろう。 タイムトリップはできないけれど、あちこちで失われた昔ながらの景観に逢いに行くことはできる。 それが静岡県掛川市の東山周辺に広がる茶草場だ。
ここには絶滅危惧種のキキョウやキンランをはじめ、300種以上の草地 性植物がにぎやかに寄り添い、いのちを育んでいる。地産の茶や商品を取り扱い、 地域の情報発信所でもある「東山いっぷく処」を訪ねると、地元に詳しい茶農家の方が、 いろいろと教えてくれた。
「たとえば春の訪れを告げるハルリンドウは、土が湿るころに薄紫色の花を咲かせます。 甘い香りのするニオイタチツボスミレもそうですね。マントヒヒの顔に見立て名付けられたショウ ジョウバカマなんてユニークな花も春先です。初夏なら絶滅危惧種のフジタイゲキが見ごろかな。 静岡県内だけ、それも茶草場周辺でしか見られません。開花までに7年もかかる、ササユリの薄 いピンクの花びらもキレイですよ」
多様な生物が息づく理由は、世界農業遺産に認定された茶草場農法にある。
ふつうの草刈りは、大きく成長する梅雨前に行う。しかし茶草場では、夏に 成長した草花が種を落とす秋に実施。春になると、まっさらに刈り取られた 地表に光がしっかりと当たり、新たないのちが芽吹く。うして昔から自然と 生物多様性が守られ、今では学者や学会が驚くほどの貴重な土地となった。
地域に3か所ある見晴らしのいいビューポイントの袖では、それぞれに多彩 な草花がゆれる。子連れの親子がそれを指さし、幸せそうに微笑んでいた。
遠州を代表する二大河川、天竜川と大井川にはさまれた、ごくわずかな地域にしか生息していない 希少なバッタ。羽がなく、飛べないのが特徴。静岡県の絶滅危惧種。
自然豊かな茶草場には他にも、空を舞う姿が美しいサシバ(タカ科)などの絶滅危惧種をはじめ、 たくさんの生物が息づいている。
七草がゆで有名な「春の七草」は、主に食べる草花。対して「秋の七草」と呼ばれる、 キキョウ、ハギ、ススキ、葛、なでしこ、オミナエシ、フジバカマは、古くから茶道や華道の席でも親しまれてきた、 見て楽しむ草花。中には絶滅が危惧されているものもあるが、茶草場にはそのほとんどが生息しており、 秋の風情を演出している。